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Club Ninja / Blue Öyster Cult

#Columbia (US) LP

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Club Ninja / Blue Öyster Cult (1985)

A1: White Flags
A2: Dancin' in the Ruins
A3: Make Rock Not War
A4: Perfect Water
A5: Spy in the House of the Night
B1: Beat 'Em Up
B2: When the War Comes
B3: Shadow Warrior
B4: Madness to the Method

Produced by Sandy Pearlman
Blue Öyster Cult:
 Eric Bloom - Vocals, Guitar

 Joe Bouchard - Bass, Vocals, Guitar
 Donald "Buck Dharma" Roeser - Vocals, Guitars, Keyboards
 Jimmy Wilcox - Background Vocals, Percussion
 Tommy Zvoncheck - Synthesizers, Piano, Organ

 Tommy Price - Drums
 Phil Grande - Additional Guitars
 Kenny Aaronson - Additional Bass

1985年12月10日リリース。ニューヨークのカルチャーを語る上で避けては通れない偉大なバンドBLUE ÖYSTER CULT(以下BÖC)、その記念すべき10作目である。この記事には誇張された表現や筆者の妄想が含まれている可能性有
 
黒衣の宰相サンディ・パールマンが再び自らプロデュースを執り行い、AORに近い洗練された雰囲気が漂うハードロック、所謂メロハーの傑作となった。
しかし同時に、このアルバムはBÖCがその結成以来もっとも不安定な時期に制作されたものであり、その低迷を象徴する作品という一面もある。
1983年のアルバム"The Revölution by Night"制作後、ドラマーのリック・ダウニーは脱退の意向を固め、ツアー終了後の1985年1月に脱退。
1985年2月のカリフォルニア・ツアーはオリジナル・メンバーであるアルバート・ブーチャードが一時的に復帰してしのいだものの、そのまま合流とはいかずツアー終了とともに再び離脱。
こうした状況下で疲弊したのか、キーボーディストのアラン・レイニアも一時的にバンドを離れ休暇に入ってしまう(脱退とも報じられたが、あくまで復帰を前提とした離脱だったようだ)。
そうこうしているうちにドラムとキーボード不在のままアルバム制作に取り掛からなければならなくなり、バンドは急遽二人の代理メンバーを雇用、外部ライターや複数のセッション・ミュージシャンに助けられつつレコーディングに臨むこととなった。
以上が"Club Ninja"に至る経緯である。
 
代理として新たに加入したメンバーは、二人ともニューヨーク界隈のセッション・ミュージシャンである。
ドラマーのジミー・ウィルコックスはパティ・スマイスのSCANDALリック・デリンジャーのバンドでプレイしていた人物で、UTOPIAのドラマー、ジョン・"ウィリー"・ウィルコックスの兄弟。
キーボーディストのトミー・ズヴォンチェックはPiLの1983年日本公演に同行した人物。どうやらBÖCへの加入より以前の段階で、当時散発的に行われていた"Imaginos"セッションに関わっていたようだ。彼は2007年に初のソロアルバム"ZKG"をリリースしている。このアルバムにはゲストでバック・ダーマが参加、ギターソロを弾いてるらしい。
彼らに加えてトミー・プライス(dr)、フィル・グランデ(gt)、ケニー・アーロンソン(b)という名の知れた人物たちがクレジットされている。特にトミー・プライスは、ジミー・ウィルコックスのクレジットが"Percussion"なのに対し"Drums"とクレジットされており、むしろ彼が主要な役割を果たしていた可能性すら考えられる(もちろん実際のところは不明だが)。
なお、ジミー・ウィルコックスとトミー・ズヴォンチェックの二人は"Club Ninja"ツアーが終了する1986年9月までバンドに留まった。
 
 
このアルバムは全9曲のうち4曲が外部ライター提供により、さらに3曲が外部ライターとの共作となっている。残る2曲もリチャード・メルツァーとサンディ・パールマンの詩によるもので、前作にはかろうじて存在したメンバーのみによる楽曲が完全に姿を消した。
 
・White Flags

アルバムで1,2を争う名曲であるが、BÖCがオリジナルではない。

作詞作曲を手掛けたLeggatt Bros.のヒューイーとゴードンは、1982年にカナダCapitolからLEGGATというバンド名で"Illuminations"というタイトルの2枚組アルバムをリリースしており、"White Flags"のオリジナルもここに含まれる。
 
彼ら、特にヒューイー・レガットはNUCLEUSやA FOOT IN COLDWATERといったバンドで60年代から活動しており、カナダではわりと知られたミュージシャンらしい(無知)。
兄弟はサンディ・パールマンにその才能を注目され一時彼の415 Recordsと契約を交わしたものの、そちらは残念ながら実を結ばなかったようだ。
 
・Dancin' in the Ruins
作詞作曲はラリー・ゴットリーブとジェイソン・スキャンロン。ラリー・ゴットリーブは1982年にFOUR TOPSの"When She Was My Girl"でグラミー賞にノミネートされたシンガーソングライターである。ジェイソン・スキャンロンのほうは残念ながら詳細不明。
ともかくこの曲は、アルバムから最初のシングルとしてPVも制作され、ラジオとMTVを中心にヒットしBillboardの"Top Rock Tracks Radio Airplay"チャートで1986年3月に最高9位を記録、底力を見せつけた楽曲なのである。
 

なんか『ニューヨーク1997』あたりを思い出す世界観。あとエリック・ブルームが頭に巻いてるバンダナの文字が気になる。
 
・Make Rock Not War
作詞作曲はボブ・ハリガン Jr.。彼はJUDAS PRIESTにも"(Take These) Chains"等なかなか良い曲を提供している。
 
・Perfect Water
後年のライブ・アルバムでもとり上げられた傑作で、バック・ダーマとジム・キャロルの共作である。
ジム・キャロルはニューヨークの詩人で、アラン・レイニアが共通の友人であるパティ・スミスを通して知り合ったらしい。ジムは80年代前半に自らのバンドを率いて音楽活動も行っていたが、アランはそれを度々サポートしていたようだ。そういった意味では、アランの置き土産とも言える楽曲である。
なおジムの著作家としての代表作は、彼の少年時代の日記をまとめた"The Basketball Diaries"(邦題『マンハッタン少年日記』)であろう。
 
・Spy in the House of the Night
バック・ダーマとリチャード・メルツァーの共作。リチャードの詩"Out of Smokes"を元に、バック・ダーマが曲を付けたと思われる。
リチャード・メルツァーは言うまでもなくBÖCの主要な協力者のひとりであり、"Out of Smokes"は後に彼の"Holes: A Book Not Entirely About Golf"という「らしい」といえば「らしい」タイトルの本に収録された(出版は1999年)。
 
・Beat 'Em Up
作詞作曲は"Make Rock Not War"と同じくボブ・ハリガン Jr.。
この曲はBÖCに先駆けてリー・アーロンがアルバム"Call of the Wild"でとり上げている。そちらのリリースは1985年6月で、プロデュースにボブ・エズリンが関わっていた。
 
・When the War Comes
ジョー・ブーチャードとサンディ・パールマンの共作。このアルバムで唯一前作までの(B級映画っぽい)雰囲気を残した楽曲。
オープニングでなにやら喋ってるのはラジオ・パーソナリティとして有名なハワード・スターン。なんでもエリック・ブルームの嫁が彼の親戚だったとかそういう繋がりらしい。
 
・Shadow Warrior
エリック・ブルーム、バック・ダーマに加えてエリック・ヴァン・ラストベーダーが関わった楽曲。
エリック・ヴァン・ラストベーダーは数多くの著作をもつ小説家で、エリック・ブルームが彼の小説"The Ninja"(1980)を読んでコンタクトをとったことからこのコラボレーションに繋がったようだ。
"Shadow Warrior"とはすなわちニンジャのことであり、"Club Ninja"というアルバムそのものが、ラストベーダーの"The Ninja"に着想を得て本人の協力の下制作された作品であるとも考えられる。
なお"The Ninja"は中上守氏の翻訳で『ザ・ニンジャ』というそのまんまな邦題で日本でも出版されており、これがマンガ『キン肉マン』に登場するキャラクター、ザ・ニンジャ直接の元ネタであることは言うまでもなく今思いついたでたらめである。しかし翻訳の出版が1982年2月、キン肉マンのザ・ニンジャ初登場回が1982年43号と、タイミング的に必ずしも関連性がないとは言い切れないと言えなくもないということが言えるかもしれなくもある。
 
・Madness to the Method
バック・ダーマとディック・トリスメンの共作。
バック・ダーマとディック・トリスメンは80年代初頭に知り合って意気投合し、それ以降一緒に曲作りを行っていたらしい。バック・ダーマはディックのいくつものレコーディングでプロデュースやギターを手掛けているそうだが、残念ながらネットにはディック・トリスメンに関するディスコグラフィーは見当たらず、詳細がわからない。一時期彼のサイトが存在したようだがすでに消えてしまっている。
なおBÖCの今のところ最新スタジオ・アルバムである"Curse of the Hidden Mirror"(2001)にも、このコンビによる楽曲"Here Comes That Feeling"が収録されている。良い曲なので未聴のかたは是非。
 
 

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米盤のインナー。

 

"Club Ninja"は1986年2月22日から14週に渡ってBillboard's Top 200 Albumsにチャートイン。最高63位を記録し175000枚以上を売り上げた。
だが、前作と同じくゴールド・ディスク獲得には至らず。当時BÖCは"Fire of Unknown Origin"、"Extraterrestrial Live"と続いたゴールド・ディスクが前作で途絶えたことでレコード会社からの風当たりが強くなり、厳しい立場に置かれていた。このアルバムはバンドにとって内外ともに苦しい状況下で制作され、その上で少なくとも明確な成功をおさめることには失敗したのである。バンドはこのアルバムを最後に、悪く言えばメジャー・レーベルから売上を期待されるような存在ではなくなり、別の言い方をするならメインストリームでの活動に見切りをつけ、よりマイペースなライブを主軸とした活動にシフトしていくことになる(そして、その活動は現在も続いている)。
 
何故"Club Ninja"は失敗したのか。
その理由として、この作品に触れた人々の一部が自覚症状のない軽微なニンジャ・リアリティ・ショック(NRS)を起こし、なかでも社会的影響力の強い者(例えば評論家)たちが自己防衛のため感情的反発や徹底的な無視といった反応を示した結果正当な評価を得る機会が失われた、という可能性があげられる。
このレコードはその道の専門家が高度な技術を用い細心の注意を払って制作したものである。盤に刻まれた古のものたちと影の戦士に纏わる恐るべき真実は巧妙に隠蔽されており、一般人にはそれと認識できず正気度ロールも必要ない。にも関わらずこのような結果になったのは、結局のところBÖC側の想定をはるかに超えた評論家連中のカラテ不足という体たらくに帰結するのだと言える。彼らにはセンセイのもとでトレーニングが必要であり、BÖCはこのレコードのインナーで寛大にもそのためのヒントを示している。

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"Training by: Karate Center of Champions, New York, Sensei Tokey Hill, Sensei Howard Frydman"。

このカラテ・センターは1982年から1992年にかけて、グレートネックのノーザン・ブルーバードに面して存在していたようだ。Google Mapsを見たら去年の時点ではブライダル関係の店になってるっぽい。

 
 
このアルバムの米国初版LPはカタログ#FC 39979だが、手持ちのレコードはFC#のジャケットにバーコード付きシールを貼ってPC#に変更されている。

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Columbia RecordsのPC#は基本的に廉価盤に付けられるもので、アルバムによっては移行時にジャケットの作りや紙質をより低コストなものに変更される(なかには最初からPC#で発売されたアルバムも存在する)。
このようなものの常で「ジャケットはPC#に変更済みだが盤のカタログ#は未変更」というような過渡期のレコードが存在したりもするのだが、この”Club Ninja”に関してはそういった過程を経ず在庫のレコードにシールを貼ってさっさとPC#に変更してしまったらしいことが伺える。つまり、それだけ売上がレコード会社の想定を下回ったものと考えられる。盤はもちろんFC#で、マトリクスは両面ともばっちり”-1"なところが涙を誘う。
 
 

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米Columbia、PC(FC) 39979。ウムラウトは?
  • マトリクス"PAL 39979-1B"/"PBL-39979-1A"(両面手書き
  • 両面に手書きで"Precision"と"P(AP)"
 
"Precision"はハリウッドのマスタリング・スタジオPrecision Lacquer(後にPrecision Masteringと社名変更)のクレジット。
"P(AP)"がなんなのか判らない。Precisionのカッティング・エンジニアか、あるいはプレス工場か・・・
 
アルバムはLPと同時にCDでも発売されたが、そちらは未聴。
加えて、UK盤は別ミックスかつ別デザインのインナーだったらしく非常に気になっているのだが、残念ながら今のところ未確認である。
このLP単体で主観的に評価すると、けっこうなボリュームまで破綻せずに鳴らせる良質なレコードであると言える。自分のレコードやCDの評価基準は基本的に「(その時々の再生環境で)大音量で気持よく鳴らせるかどうか」に尽きるので人様の参考にはならないと思うけど。
 

 

Club Ninja

Club Ninja

 

長らく入手困難となっていたが、2009年ついにCDがリマスター再発された(音源はUS Mix)。

現在ではBÖCのColumbiaアルバム全集"The Complete Columbia Albums Collectiön"にも収録され格段に入手しやすくなった。今こそ再評価の時である。
Blue Oyster Cult Complete Columbia Albums Collection

Blue Oyster Cult Complete Columbia Albums Collection

 

 

エリック・ヴァン・ラストベーダーの『ザ・ニンジャ』は米国ではけっこうな人気がありシリーズ数作が刊行されているが、日本では1982年に先述した第一作の翻訳が出版されたのみのようだ。ニンジャスレイヤー人気に乗じてうっかり文庫化されたりしないものかね?

ザ・ニンジャ

ザ・ニンジャ